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東京地方裁判所 昭和37年(モ)9477号 決定 1963年4月20日

決   定

東京都品川区南品川三丁目一、五七一番地一

申立人(仮処分債権者)

海晏寺

右代表者代表役員

山本宗源

同所同番地

申立人(仮処分債権者)

山本宗源

右両名代理人弁護士

琢田喜一

野村宏治

同所一、五九三番地

被申立人(仮処分債務者)

田中京一

同所同番地

被申立人(仮処分債務者)

株式会社田中商店

右代表者代表取締役

田中京一

同所同番地

被申立人

東亜輸送機株式会社

右代表者代表取締役

田中京一

右当事者間の昭和三七年(モ)第九、四七六号同年(モ)第九、四七七号代替執行及び代替執行費用前払命令申立事件について、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

申立人等の申立をいずれも棄却する。

申立費用は申立人等の負担とする。

理由

(本件申立の趣旨及び理由)

一、申立人等は「申立人等の委任する東京地方裁判所執行吏は、別紙目録記載の建物(一)のうち向つて右側事務室一坪五合及び(二)から被申立人東亜輸送機株式会社を被申立人田中京一同株式会社田中商店の費用を以つて遅滞なくこれを除却し、且つ右建物(別紙目録記載の建物(一)のうち向つて右側事務室一坪五合及び(二))を閉鎖することができる」との裁判を求め、その理由として次のとおり主張した。

(1)  申立人海晏寺は、別紙目録記載の土地(一)乃至(三)を所有するもの、申立人山本宗源は別紙目録記載の土地を所有するものであるが、昭和三二年一月これを訴外深津コウに資材物置として一時賃貸したところ、その後被申立人田中京一同株式会社田中商店両名が右深津に代つて別紙目録記載の土地を使用し、同土地上に別紙目録記載の建物を建築所有するに至つたので、申立人等は昭和三六年一月二六日被申立人田中京一同株式会社田中商店を被告として東京地方裁判所に建物収去土地明渡の訴を提起し、現に同庁同年(ワ)第四八六号事件として係属中である。

(2)  これより先、申立人等は昭和三五年一一月一六日被申立人田中京一同株式会社田中商店両名を債務者として東京地方裁判所昭和三五年(ヨ)第六、七八二号仮処分命令申請事件において、「債務者両名の別紙目録記載の土地及び建物に対する占有を解いて、債権者の委任する東京地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。執行吏は現状を変更しないことを条件として債務者両名に使用を許さなければならない。この場合においては、執行吏はその保管にかゝることを公示するため適当な方法をとるべく、債務者はこの占有を他人に移転し、または占有名義を変更してはならない。」旨の仮処分命令を得て、同月一八日これを執行した。

(3)  然るに、昭和三六年一一月頃別紙目録記載の建物の門前に「東亜輸送株式会社」の表札及び同会社名の従業員募集ビラが掲示され、建物の現状も変更され、使用者も変つている様子に気付いたので、申立人は昭和三六年一一月二九日執行吏に目的物件の点検を求めた結果、東亜輸送機株式会社は昭和三六年九月から創業しており、登記は手続中であること、及び別紙目録記載の建物(二)は現状を変更されて鉄骨とされ、トタン板は新品に葺替えられていることが明らかとなつた。更に、同年一二月一五日に点検した際も依然として同様の状態であつたので、執行吏が東亜輸送機株式会社に対し任意退去を命じたところ、同会社代表取締役田中京一は同年一二月二三日まで退去の猶予を求めたため、同日まで任意退去を待つこととなつた。

(4)  ところが、その後申立人等が調査したところ、東亜輸送機株式会社は別紙目録記載の土地建物から退去しないばかりでなく、昭和三七年一月三〇日同会社の本店を東京都港区芝田村町二丁目八番地より別紙目録記載の土地である同都品川区南品川三丁目一、五九三番地に移転した旨の登記手続をなしたことが判明したので、申立人等は昭和三七年五月二四日重ねて執行吏に点検執行を求めたが、執行吏も別紙目録記載の建物(一)のうち向つて右側事務室一坪五合及び(二)を東亜輸送機株式会社が不法占有している事実は認めながら、これが排除は直ちには実行できないとのことであつた。

(5)  しかしながら、別紙目録記載の建物は仮処分命令によつて明らかに執行吏保管に属し、被申立人田中京一同株式会社田中商店両名のみが使用を許され、同人等は第三者に占有使用させてはならないという不作為義務があるものである。

(6)  よつて、申立人等の委任する東京地方裁判所執行吏は被申立人田中京一同株式会社田中商店両名の費用を以つて東亜輸送機株式会社を別紙目録記載の建物(一)のうち向つて右側事務室一坪五合及び(二)から除却し、且つ被申立人田中京一同株式会社田中商店はも早や使用する必要がないから将来のため、右建物(別紙目録記載の建物(一)のうち向つて右側事務室一坪五合及び(二))の閉鎖をなし得る旨の決定を求める次第である。

二、申立人等は、右申立に併せて、右除却並びに閉鎖するために生ずべき費用として金八万八八〇〇円を予め被申立人田中京一同株式会社田中商店に支払を命ずる旨の裁判を求めると申立てた。

(当裁判所の判断)

一、記録によれば、次の事実が認められる。即ち、申立人等は東京地方裁判所昭和三五年(ヨ)第六、七八二号不動産仮処分申請事件において、昭和三五年一一月一六日申立人等主張のとおりの仮処分決定を得て、同月一八日同裁判所執行吏に委任してその執行をなしたが、昭和三六年一一月二九日執行吏が目的物件を点検した際には、東亜輸送機株式会社がその門柱に同会社の表札を掲げて同年九月頃から創業していたので、執行吏は同会社代表取締田中京一不在のため同会社職員に対し、該物件は仮処分中のもので被申立人田中京一同田中商店に限り使用を許可したのであるから、もし任意退去しないときは強制的に排除する旨諭告した。その後再び執行吏は同年一二月一五日被申立人田中京一立会の下に目的物件を点検したが、依然として東亜輸送機株式会社が占拠していたので、同会社代表取締役としての田中京一に対し、至急任意に退去すべき旨を催告したところ、同人が同月二三日までの猶予を求めたため、同日までに退去しなければ強制的に排除する旨諭告した上引揚げた。ところが同日を経過しても同会社が任意退去しないので、申立人等は昭和三七年五月二二日執行吏にいわゆる点検執行を求めたところ、執行吏は目的物件所在地に臨み、別紙目録記載の建物(一)のうち向つて右側事務室一坪五合及び(二)を東亜輸送機株式会社において依然として占拠中なる事実を認めたが、同会社に対する執行名義なく、また本件の如き場合における東京地方裁判所昭和三五年(ヲ)第三、八〇五号事件及び東京高等裁判所昭和三六年(ラ)第七二七号事件の決定趣旨によれば、執行吏の権限のみで被申立人田中京一同株式会社田中商店の使用をも禁止することはできないから、目的物件を執行吏の現実保管となし得ないとの理由により、同会社取締役金子実等に対し速やかに任意退去すべき旨を告知するのみに止め、点検執行はなさなかつた。以上のような経緯を経て当裁判所に本件代替執行及び同費用前払命令を求めるに至つたことが認められる。

三、ところで、本件のようにいわゆる占有移転禁止の仮処分が執行された後、第三者(本件では東亜輸送機株式会社)が目的物件を占拠した場合、執行吏はその第三者を強制的に退去させることができるかどうか、また執行吏は債務者(本件では被申立人田中京一同株式会社田中商店)の現状変更を理由として債務者の目的物件の使用を禁止しこれを閉鎖することができるかどうかについては学説が対立し、実務上もその取扱いがわかれているところであるが、この問題を解決するに当つてまず銘記すべきことは、この種仮処分は目的物の明渡請求の執行を保全するための目的物を仮処分執行着手当時の状態に固定させておくことを目的としているということである。

民事訴訟法第七五八条第一項によれば、裁判所はその意見を以つて仮処分の申立の目的を達するに必要な処分(こゝにいう処分とは執行方法のみでなく、仮処分の主文形成をも含む)を定めることができるものとされている。しかして、この法条を根拠として、仮処分の主文形成は被保全請求権の態容と仮処分の必要性の程度により種々行われるが、不動産明渡請求権を本案請求権とするこの種仮処分の申立の目的を達するに必要な処分としては、その必要性の程度により、およそ次の類型が考えられる。

(イ) 単に仮処分債務者に対し、目的不動産の主観的または客観的現状を変更してはならない旨の不作為を命ずる処分(この執行は発令裁判所が仮処分を債務者に送達することにより一応終了する。)

(ロ) 仮処分債権者の委任する私人たる保管人に目的不動産を保管させる処分(この執行は発令裁判所が仮処分命令を債務者に送達し、債権者から委任をうけた保管人が債務者より任意に目的不動産の引渡をうけることにより終了する。債務者が目的不動産を任意に引渡さないときは、民事訴訟法第七一一条第二項を準用して保管人は執行吏を立会わせて目的不動産の引渡をうけることにより執行が終了する。)

(ハ) 執行機関たる執行吏に目的不動産を保管させる処分(この執行は元来民事訴訟法第七三一条を準用すべきものであるが、同条の規定によれば執行吏は債務者の目的不動産に対する占有を解いた後は直ちにこれを債権者に引渡すべきものであつて、執行吏が目的不動産を継続して占有することは何等予定されていない。従つて、この処分の執行は同条の準用のみをもつては足らず、債務者の占有を解いた後は本執行手続において執行機関がその資格において目的物を継続的に占有する場合の規定に準じてこれを保管するのほかはない。

しかして、かゝる準用に適する規定を検討すれば同法第五六六条第一項以外には存在しない。従つて、執行吏は執行機関たる資格において同法第七三一条を準用して債務者の目的不動産に対する占有を解き、同法第五六六条第一項を準用して執行機関たる資格において目的不動産を保管すべきである。)

尤も、執行吏は本執行手続においては不動産の保管機関とされていないし、本執行手続において不動産を長期期間継続して保管する保管人としては強制管理の場合における強制管理人が挙げられるので、長期間不動産の保管を継続するという限りにおいてはこれと類似するこの種仮処分の保管人たる執行吏の資格及び権限は強制管理人のそれに準じて決定すべきものであり、従つてこの執行吏は私人の資格において目的不動産を保管するものでありその権限は強制管理人のそれと同一であるとなす見解もある。この見解に従えば、仮処分主文が前記(ハ)の形式をとつている場合といえども、保管人たる行使の地位と権限は強制管理人のそれと変つていないことになる。

しかし、強制管理の場合における管理人の占有は目的不動産を利用し収益をあげるためにその必要な限度においてなすに過ぎないから私人を保管人とし、必要に応じて民事訴訟法第七一一条第二項の措置をとればこと足りるのであるが、この種仮処分における執行吏の保管は、目的不動産の明渡請求の執行を保全するため目的物を現状に固定させて、そのまゝ本執行の段階に持ち込もうということを目的としているのであるから、特に本件のように現状不変更を条件として債務者に目的不動産の使用を許しているような場合には、私人に目的不動産を保管させたのではその目的を達することができない場合がむしろ通常であつて、強制管理人の占有とこの種仮処分における執行吏の保管とはその目的とするところを異にし、ひいては両者の権能と法律上の性格を同一視することは適当でないといわねばならない。かように合目的的考察をすれば、この種仮処分における保管人たる執行吏は有体動産に対する本執行において有体動産を占有して差押える執行吏の地位に類似するものといえよう。蓋し有体動産に対する本執行の場合において執行吏が有体動産を占有して差押えるのは、目的物を差押えた当時の状態に固定させておいてそのまま換価手続の段階に持ち込もうという目的のためになされるのであるが、このことと、この種処分において目的物を執行吏が保管するのは、目的物を仮処分執行着手当時の状態に固定させておいてそのまゝ本執行の段階に持ち込もうという目的のためになされることとを対比すれば、両者は目的物を現状のまゝ固定させその状態を維持しつゝ予想される次の執行段階に備えることを目的としている点において類似するものがあるからである。かゝる観点からみれば、この種仮処分の主文において単に執行吏というときは、私人としての資格における執行吏を意味するものではなく、執行機関としての資格における執行吏を指しているものと解するのが相当であり、この場合の執行吏の資格と権限とは民事訴訟法第五六六条第一項を準用してこれを定めるのが至当である。

そうであるとすれば、この種仮処分においては執行吏は執行機関として目的物を保管するものであつて、執行機関たる執行吏の目的物保管行為は仮処分命令によつて命ぜられた執行行為を意味し、執行吏が債務者の占有を奪つてみずから保管するに至つたというだけではこの種仮処分の執行が目的を達して終了したとは到底いえず、執行吏の保管中は保管行為という執行行為が依然として継続中なのであるから、この執行吏の保管行為たる執行行為を妨害する第三者があるときは、執行吏はその第三者に対する債務名義がななくとも、これを実力を以つて排除すべき職責と権限があるものといわねばならない。蓋し、執行吏が執行機関としてこの種仮処分命令に基き、目的物を保管してその公示をなした以上、譲渡または引渡を妨ぐる権利を有する第三者といえども、現になされている執行吏保管たる執行行為を無視し法定の手続によらずして目的物に対する自己の権利を主張行使することは許されないものというべく、この意味において執行吏保管たる執行行為は第三者に対しても効力を有するものであるからであり、執行吏保管の公示もこの観点から意味をもつものなのである。

翻つて本件についてこれをみるに、本件仮処分の主文を文理に即して考察すれば、執行吏に対し目的物件の保管を命じていることは明白であるから、前記類型に当てはめれば(ロ)の類型ではなくまさに(ハ)の類型に属することは自明とせざるを得ないであろう。換言すれば、本件仮処分の主文は民事訴訟法第七一一条の強制管理人に関する規定の準用によるものではなく、同法第七三一条及び第五六六条第一項を準用することを予定して形成されたものであり、その執行も右両法条を準用してなされたものとみるのが相当である。従つて、執行吏が本件仮処分命令に基き別紙目録記載の土地建物を執行吏保管となしその公示をなした以上、執行吏は同建物(一)のうち向つて右側事務室一坪五合及び(二)を占拠し執行吏保管を妨害した第三者である東亜輸送機株式会社を実力を以つて排除すべき職責と権限があるものといわねばならず、右排除行為に際し抵抗をうけるときは民事訴訟法第五三六条第五三七条の措置をとることもまた可能なのであるから、仮処分債務者である被申立人田中京一同株式会社田中商店の不作為義務違反を理由として申立人等の委任する東京地方裁判所執行吏は右建物から仮処分債務者等の費用を以つて遅滞なく東亜輸送機株式会社を除却することができる旨の授権決定を求める申立人等の申立は、その必要なきに帰するものといわざるを得ないのである。

三、次に、申立人等は、仮処分債務者である被申立人田中京一同株式会社田中商店が目的物を第三者に占有使用させてはならないという不作為義務に違反したことを理由として、将来のため申立人等の委任する東京地方裁判所執行吏は仮処分債務者等の費用を以つて右建物を閉鎖することができる旨の授権決定を求めているが、本件仮処分命令において仮処分債務者等が目的物の占有を第三者に移転させてはならない旨の不作為義務(単なる訓示的なものではなく授権決定の前提となるような不作為義務)を課せられているとみるかどうかは兎も角として、この種仮処分の意図するところは目的物の仮処分執行着手当時の主観的客観的の状態をそのまゝ維持するにあるのであり、それを以つて必要にして充分なのであるから、債務者が主観的現状を変更した場合これを変更前の状態に復することは格別、このことを理由として、執行吏は債務者の目的に対する使用を禁止して目的物件を閉鎖することはできないし、また債権者も裁判所に対し債権者の委任する執行吏は債務者の使用を禁止し目的物件を閉鎖することができる旨の授権決定を求めることは許されないものと解するのが相当である。

されば本件において、債権者の委任する東京地方裁判所執行吏は別紙目録記載の建物(一)のうち向つて右側事務室一坪五合及び(二)を閉鎖することができる旨の授権決定を求める申立人等の申立は理由がないものというべく、従つてまた代替執行費用前払の申立もその前提を欠き理由なきに帰着するものというのほかはない。

四、よつて、申立人等の申立はいずれも失当であるからこれを棄却すべきものとし、申立費用は申立人等の負担として、主文のとおり決定する。

昭和三八年四月二十日

東京地方裁判所民事第二一部

裁判長裁判官 近 藤 完 爾

裁判官 井 口 源一郎

裁判官 人 見 泰 碩

目録(省略)

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